女をその気にさせるテク


 伝授しよう。
 女をその気にさせるには、文士を名乗ればいいだけさ。
 この世で一番かっこういい職業。それになって、それを歩めば、自ずと女性は寄ってくる。困るくらいに寄って来る。その凄まじさ、殺虫剤・ゴキブリホイホイの類が大量に必要なほどである。我が欲棒は休み暇なく、例のピストン運動を原始人の火を起こすあの回転に置き換えればたちどころに火がつき、人体自然発火、或いは、小火騒ぎ山火事起こって大迷惑な事この上ない。果て、何の話だったかな。  嗚呼、そうだ。女をその気にさせるテク。
文士になればいい。ただそれだけの事だ。文士は女を書く。文士は愛を語る。そうして文士は、今を生きる。その翳りのある横顔、生き方、女がほおっておく筈もなかろう。
「死ぬ気で恋愛してみないか」
 太宰治、一世一代の名言。これのニセモノ、模倣、それがあれば大概の事は平気。大抵の女はころりだ。簡単なようだが、それは仕方ない。文士とはそういう生き物。戦士が戦場で血を流すように、文士は原稿に墨汁の鮮血を吹きかける。自分の精神を擦り、鬼面の形相で文学に取り組む。その孤高の背中、猫背だろうが格好悪い理由見つからない。
 ただ、あまりにもてすぎて困るという事もない訳ではないが、『女をその気にさせるテク』というテーマで一説ぶってほしいと言われたので、私はありのままを語った。女をその気にさせるには、文士になって愛を語ればいい。自作について語ればいい。ただそれだけだ。ナルシシズムすら肴にして瀟洒な酒場で語り合うのだ。
 他に何もない。
 僕には他、何もないのだ。
 偽りの日本語と、錯誤の感覚。文章表現と死に体の肉体。老若男女に嫌われる人生、栄光と挫折と、御伽噺とメロドラマ。結局は近眼と猫背と睡眠不足とアルコールとタールが人生を華やかに彩っていく。
 文士とは、孤高で、わびしくて淋しくて仕方がない。誰かがそばに居て、ここに肉体がある事を証明してくれなければ精神が崩壊してしまいそうになるのだ。逸脱する虚弱の精神よ、年齢を重ねる度に失っていく事柄よ。死よ。
 嗚呼、違う。女は文士の弱さを知っている、それを感じる。だからそばにいてくれるのだ。別段もてているという訳ではなかった。勘違い。白紙の原稿用紙を細切れに破いて、2回の窓から降らせれば、冷たい雪、恰も絶え間なく降り続く如く、斜陽の日々は文士の凄みを増す。
 女をその気にさせるには、文士になればいい。ただ、それだけなのだ。

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