犬殺し油の地獄
油屋「十勝屋」の端左衛門(ばたざえもん)は子供のない十勝屋夫婦に、我が子同然に甘やかされて育った放埒な馬鹿犬であった。成年を迎えても番犬を務めるわけでもなく、仲間と女遊びに明け暮れる放蕩三昧。馴染みの茶屋の雌犬をめぐって喧嘩を起こし、危うく茶屋で手打ちになるところを夫婦に救われても、改心する気は毛頭ない。後足で鼻を掻きながら、生臭い欠伸を漏らしていた。
こんな悪態犬でも夫婦はよく面倒を見ていたが、まさに晴天の霹靂、奥州を襲った冷害により油の原料である紅花の仕入れ値が高騰し、途端に家計が火の車になった。夫婦は恥を偲んで同業の油屋「横島屋」お満を訪れた。こちらは鯨の油を扱っていて今年は大漁、繁盛極まりない。蚊のように細い亭主がいるが、財産食いの子なぞ産まぬと言い捨てて、儲けに乗じて夜遊びにふける有り様だった。
十勝屋夫婦はお満から借金を重ねて期を待ったが、紅花はますます騰がる。相場を知ったお満は見切りをつけ、とうとう「十勝屋」に出向いて来た。青色吐息で畳に頭を擦りつける夫婦を余所目に、ふと土間に目をやればふてぶてしい顔をした雄犬が一匹。熟れた女の色気に舌を出し垂涎している。お満は薄ら笑い、十勝屋夫婦に一月の猶予を申し渡した。端左衛門の身と引き換えに。
端左衛門は初め散々吼えたけったが、「横島屋」に着くなり上等な蒲鉾を出され、すっかり金満家の客人気分になる始末。十勝屋夫婦への恩義を忘れ、お満の言いなりに奥の間へ通された。仄かな蝋燭の灯りが入り、新しい住処かと眺めてみれば、お満が真綿の布団に寝そべり淫蕩な笑みを浮かべている。襦袢をめくり、ふっくらと雪のように白い肌を露わにし、端左衛門の首輪をぐいと引いた。瘤のような黒い鼻が布団にこすれ、思わずくしゃみが出た。お満は揺らめく灯りの中で遊女のように笑い転げた。
恥じらいもなく開かれた女の股から、端左衛門は知らぬ油の匂いを嗅いだ。十勝屋や横島屋の軒先で嗅いだこともない匂い。お満の手には奇妙な円い小壜。見れば、女の秘部、微熱をはらみ桜色に腫れた魔の門に、お満はしなやかな指で白い油を塗っていく。油はたちまち肌の熱で溶け、とろとろと肌を滑り落ちた。
ついにお満は端左衛門の首を掴んで手繰り寄せる。白い油を指に取り、眼光狂おしい犬の鼻頭に近づけた。
「この軟膏ね、虫刺されに効くのよ。ほら、お前も鼻出しな。引っ掻いて変な病気が入ったら死ぬよ」