緊急時におけるヒューマン・サプライの新技術


 新鋭の動物学者コバタ・ケン氏は、学会の壇上に立つと、先程までの眠たげな目が嘘であったかのように毅然と構えた。
「少子化対策における最大の問題は――こんにちまで我々動物学者が生理学的な見地から何も提言してこなかったことにあります」
 恋人をも一発で惚れさせた彼の美声は、広い会議場内に朗々と響いた。
「我々の祖、チンパンジーなど、ある種の類人猿には見逃せない重要な性質があります。彼らは何らかの外的要因で群れが危険にさらされると、瞬間的に雌雄が接合し、母体に種を宿すのです。その習性はヒトにもわずかに引き継がれており、実際に早漏という後遺症が……オホン」
 場内に笑いが起こり、緊張した空気が少し和んだ。ケン氏お得意のジョークだ。
「しかし、そのようなエマージェンシー感知による性衝動を研究した結果、ヒトに関しても数多くの裏付けを得ることができました。例えば、わが国日本の『第一次ベビーブーム』は占領下における共同体存亡の危機意識が大きく作用したことは言うまでもありません。貧困であっても種の存続を最優先したわけです。また、戦後の統計では、台風の当たり年の翌年には出生率が上がるというデータもあります。これは台風で外出できず家で他にすることがなく……ということでなく、やはり緊急時の危機感が影響したものと考えられます」
 失笑を交えつつ、場内は熱心に聞き入っている。ケン氏は胸を張り、声調を上げた。
「少子化に悩まされた時代は終わりを告げます。我々は、チンパンジーの緊急時性衝動を誘引する遺伝子を解明し、人体に移植することを成功させました。生体実験による効果検証も完了しています。さあ、いまこそ祖先の偉大なる神秘を受け継ぐときです!」
 満場の拍手とともに、ケン氏が発表した新しい遺伝子技術は迎えられた。遺伝子移植手術を受けても、その人格は99%以上維持され、副作用もほとんど報告されなかった。当然生まれる子供にもサル顔が増えるといった弊害はなく、同一人物をつくるクローン技術よりはるかに一般に受け入れられ、効率的な繁殖技術としての地位を得ていった。

 一方で、相手探しに“健全な”出会い系サイトの利用がすでに一般的になっている。本名、職業、結婚歴の有無などを登録するのだ。そんななか、最近一部のナチュラリストからの強い要望で、彼らが自身のプロフィールに「遺伝子組み換えでない」と明記するようになったのは記憶に新しい。

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