明るい家族計画 コハリト
ちょっとした都市伝説である。
昨今のラブホテルのそれには、稀にアレが紛れ込んでいるらしい。
呪いの、ゴム製品。
聞けば秦の始皇帝の時代からそれは存在し、ひとたび装着すれば二度と外れないという、まさに呪いのアイテムだそうである。
その名を、「強力(チュアン・リー)」。
付き合って一年もすれば気が緩むとでも言うのか、いつもは携帯しているはずのそれを、忘れた。ホテルにしけこんでいざというときにそれに気づいた。サイフの中に忍ばせているそれを、前回使った後補充し忘れたのだ。
いや、しかしだな、と俺はベッドの脇の小さな棚に手を伸ばした。ここで中断するわけには行かぬではないか。指先が、備え付けの薄い包装物をまさぐった。
その途端、耳の内で「タアアン!」と聞きなれぬ小銅鑼の音が鳴った。
おれは手の中のそれを見た。
くっきりとけざやかな墨の文字で「強力(チュアン・リー)」。まさか。
カタカタカタタタタ……と細かく硬い打音がだんだん近づいてくる、やばい、来る!
派手に大鑼(タールオ)の音が鳴り響いた。
「あいやぁー!」
鋭い高い声が上がる。宙に現われるや如意棒を一閃、くるりと身を翻しベッドサイドに着地する、腰を屈め、なぜか遠くを見る時のように眉のあたりに手を翳し、すぐまん前の俺をぎり、と睨んだ。孫悟空である。京劇独特のえげつないくらいに派手な粉飾のなされた顔が俺に迫る。
「にぃとぅあんぶとぅあんな!?」
つけるのかつけぬのかと問うているらしい。足を踏み鳴らしものすごい勢いで問い詰めてくる。俺は激しく動揺し、手の中のそれを取り落としてしまう。孫悟空は一層、腹を立てたようだった。
「しぇンまや!にぃとぅあんぶとぅあんな!?ていっ!」
また一言鋭く叫ぶと、如意棒を振った。不意に目の前の空間が歪み、黒顔に隈どった男が姿を現す、包公だ、この男を一言でいうなら“中国の「大岡越前」”。金に惑わされず権力に屈せず公正無私でひたすら正義を貫き、庶民に圧倒的な人気が……萎える!どうだっていい!俺はぶんぶんとかぶりを振った、とにかく!どうしようどうしたら追い払える?今は彼女とのあの最中なのだ邪魔されてたまるか!ヘンな輩の退治方法、退治方法……ええっと!そうだ、おれはあの方法を知っている!中国四千年の!て、テンテンちゃん!俺は身を震わせ、サイフから何かのレシートを取り出すと、念を込めつつ舌でその一端を舐め、彼女の額に、ばしん!と貼った。新大久保中国家常菜餐丁四千年の味税込四千円、鋭い断末魔の叫びを上げて京劇チームは瞬時に掻き消えた。
「やぁだ、なあにやってんのよ、ダーリン」
「あ、ああ、ごめんよナタリー」
俺はほうと息をつく。あ、ああ、そうだったそうだった、彼女に催促され慌てて俺は包みを破る。このあたりは手馴れたものだ、俺はそれを使い慣れているのだ、こんなもの、ものの一秒だってかかりゃしない、待たせやしないさ、ハニィ。さあ!
―――って。
「強力(チュアン・リー)」
しまった、つい。