
明るい家族計画 井上斑猫
「まずったな……」
緑色の掲示板上での自らの書きこみを眺めながら四十三歳独身某は、空になったハイライトの中を未練がましく探った。
大五郎梅割りを0.5リットル消費の後にサイト巡りをしたのが祟った。既に一晩晒されていた書きこみを今更訂正するわけにもいかない。苛立って眉毛のあたりをぼりぼりと掻くと剥離した皮膚が音も無くノートパソコンのキーボードに舞い散った。吹いて飛ばすと白い粉は液晶画面にへばりつき緑色の掲示板を白の水玉模様に変える。
酔った勢いで人様の掲示板に書きこむものではない。つい、「明るい家族計画」という単語につられてしまったがどう考えてもこれは今まで自分の作り上げてきた人物像の語彙には無い単語だ。今時こんな言葉でアレを示す若者が居るだろうか。否。死語だ死語の世界だ。訪問販売で売られていたなどというどうでも良い知識は四十三歳独身某にはあるが、ネットの中で作り上げた人物像にあってはならないのだ。
しかし昨日の自分の書きこみには、素の自分が透けてしまっている。
もう一度ぼりぼり額を掻いた。細心の注意を払ってこれまでやってきた事が「明るい家族計画」の言葉一つで崩れ去るとは。電子の海の中での自分は「ちょっとお調子者でドジっ娘、しかしオトナの年齢で性別不明としながらも実際は巨乳のお姉さんだろうな」という人物でなければいけないのだ。どうする。どうすれば一旦見せてしまった四十三歳独身男性某の姿を払拭できる。
大五郎を生のままコップに一杯半呷ったところで名案が浮かんだ。
……フィクションに、すればいいのだ。
つい先程空なのを確認した事も忘れてハイライトの箱を探りながら、四十三歳独身某はワードを立ち上げ、猛然とキーを叩き出した。
「明るい家族計画 井上斑猫」